その後は、嵐山回りで行っていたので今日は、11年前の記憶をたどりながら、ネットで出した広範囲の地図だけを頼りに、瀬田の現場をいざ出発!
山中越え~北白川~北山通り~鴨川を北上すればいいものを北白川通りを岩倉から途中で鴨川沿いに行くはずが、今日は雨が降って山添いはガス(霧)がかかり太陽の位置が分からず、カーナビにいつも頼っているせいか、珍しく自車位置を見失ってしまった。
鴨川の上流(源流)近くから峠(雲ヶ畑)を越えた覚えがあったのですが、道中は全く地図に地名など交差点名など全く書いてなかったので本当に今日は感と11年前の夜のなんとなくあるあいまいな記憶で走っていった。
地名が出ているが、全くこのネットの地図には載ってないので、どこまで来たかすら分からない状態であった。小さな橋を渡って峠の入口にさしかった時、「これだと思った」がその当時この峠越えは、砂利道があった覚えがあって、「どんな所に住んでいたんや!」と不安げにこの嫁の友達に質問していたので、砂利道が今回は舗装してあり、越えてから記憶のあるところに出るまでは、今回は「ハズレ」だと思っていた。
飛行機で雲の中で自機の姿勢やポジションを見失ってしまうと「焦り」が山に激突や上下が逆さまになっても気付かないのと同じである。
久々に、カーナビに頼っていると駄目であると感じた。
昔は、バイクでツーリング時は前の日から予習をしてイメージトレーニングしてから、先頭を500キロほど走っていたのですが、便利さに慣れてしまうと、たった50キロ弱の距離でも、自車位置が分からない場合こんなにも焦るとは、恥ずかしいとしか言いようがない。
茅葺に山沿いなので湿度が高く、自然に苔が生えてまさにエコ住宅の自然にできた屋根緑化です。
この檜の切り株は樹齢400から500年生だろう。
ご覧の通りきれいな北山杉である。
ここは京都市内であるが、ここまで来ると癒しの空間で思わず和んでしまう。
上茶谷商店さんの作業場の横は北山杉の山が迫っている。

今回は、階段の手すりを北山杉の磨き丸太で取り付けをするのでここまで買い付けに来ました。
今日も少し時間を頂いて少し話を伺った。北山杉は和室の床柱で有名な産地であるが、日本建築が建たないので、当然売れていないらしい。
時期が悪いのだが、倉庫の中は11年前は目移りしてどれがいいか分からないほど、あったが今日は在庫が細い磨き丸太がなかった。4メートル(二間)モノで二寸弱(55Φ)位が一般的に十尺(3メートル)が普通なので、長さ指定なので他の丸太屋から仕入れてもらったので、少し高くついた。
買付はこの長さでこの太さを探してくれというと、足元を見られて高くなる、買いに来た時に儲けるのである。普段売れないものを買ってもらっているので立場が反転すれば尚更である。
どうしても、相手が売りたい場合は相手側も相場を下げてくるので山は常に行くことが、いい仕入れもできるし、情報もある。現場の声が一番確かである。
杉の間伐材で長椅子を見つけたのですが、色々と模索中で磨き丸太を板倉の家に使用する事も提案してきたので、近畿圏の杉で「びわこ板倉の家」を進化させたい。
いつも聞く事なのだが、やはり山で仕事をする若者がいないのと、滋賀よりはずっとましであるが山は荒れているとおっしゃていた。
今の山は材料だけを作っているだけで、ユーザーの声が全く生産者にフィードバックしていないし、生産者はユーザーの喜んでいる声などが伝わってないので、達成感もなければ、なんの満足感もない。
これでは、第一次産業である仕事に山に若い人は戻ってこないし、一番だいじな事は山にお金が戻ってない事が第一悪い原因で稼げる山にしなけらばならない。
この解消方法はいかに、ユーザーを山の仕事は重労働でコストがかかっている状態を見て理解してもらう事であるし、私たち施工側がどう材料を他の価値ある使い方を模索する事も考えていかないと、せっかく先代が植えてくれた木がもったいない。
植えた木はまた切って、次の植林をして二酸化炭素の循環を続けないといけない。
今度の完成見学会は、そんな事を考えて開催したい。
携帯がドコモは通話できるのだが、私のAUはずっと圏外マークが出ており焦りが出たのもこのせい。11年前は、エライど田舎と思っていましたが、携帯がつながらないほど時間がゆっくり流れて魅力的ないいところと今回は感じっました。子供はこんなところで大きくさせたいが、幼少時代をこんなところで過ごすと、都会がいいのかなぁ。

キッチンのホタテ漆喰壁も完了しましたし、1F・2Fのトイレも付きました。紙巻きなどは、かわいいデザインのモノを支給してくださるみたいです。
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